アマルフィ海岸、マテラ

8月3日
アマルフィ肝がんを出てマテーラまで

アマルフィ海岸

起きて部屋の外を見ると崖だけで海が見えないのでがっかりした。それでもベランダに出ると屋根に上る梯子があり、登ってみると海が見えた。


息子の体調が悪く妻も車の洗濯掃除に追われて、私一人で食事をした。宿泊者のアルバムを見つけて眺めていたら、(サッカーの)中田の写真があった。

食事はまずまずで海の景色はさすがによかった。

息子の体調の回復を待って11時ごろようやく出発した。エメラルドの洞窟を見る予定だったが遅くなったので今回はパス。朝食を抜いたにもかかわらず息子は酔って少し戻したが、その後は帰るまで酔わなくなった。

 

アマルフィの街に寄ろうとしてPのマークで駐車場があると急な坂をを曲がりくねって降りていった。降りたところで満車だ元に戻れといわれてまたその細い道を戻り、ほかの小さな町によって食事をした。息子は少し元気になったようで軽い食事をした。

その後も曲がりくねったすれ違うのがやっとと言う坂道を彼らイタリア人はかっ飛ばしている。私はおっかなびっくりと息子の体調を考えてとろとっろ走っているのですぐ数珠つなぎになり、度々道路わきによって抜かせながら道を急いだ。

アマルフィ海岸を抜けると緩やかな曲線になり軽やかに駆け抜けることができた。途中でマティラの近くまで妻に運転を頼んだ。

マテーラ

マテーラのAirbnbに6時過ぎに着いた。玄関に青いリボンがつけられていてすぐわかった。Airbnbでは普通なのかと思ったらここだけだった。
オーナーは女性で子どもがいて、親戚かどうかは知らないがもう一人の女性と暮らしている。部屋はその下のフロアで借りきりの2LDKだ。中は広くてきれいでとても過ごしやすい。

  

夕食前の散歩に出かけようとしたが、道が分からないのでオーナーにどこに行けばいいか聞いたらサッシが近くていいと教えてくれた。

サッシに行ってみてマテーラをなめていたことに気づいた。これまで世界遺産と言ってもそれ程感激したことはなかったが、このマテーラは信じられないほど美しい。

 

      

私はいつの日かここにまた来たいと思った。

一緒に来た妻は洗濯のため宿に戻った。私と息子は二人で日暮れ時の街の姿を何枚も眼と写真に撮りこんだ。

薄汚い家の前で何か作業をしている人を見かけた。近づくと「やあ」というような声をかけて(そのころには私もイタリア人になり切っていた) 店か工場だかわからない建物の前で中を伺った。すると中に入っていけという。中は陶器の飾り物や木の作品がそのあたりに転がっていた。

 

これはその男がそこで作っているそうだ。これ売っているのかと聞くとそうだと答

えた。そこで少し話をして妻とまた来るといって出直した。
妻と落ち合って再び店に行きマグネットと木彫りのパン押しを買った。
パン押しは明日できるというので頼んで店を出た。

8時過ぎてきたのでピザとパスタの店に入って、食事をした。アピタイザ―の野菜盛りが予想より多かったがとても新鮮でおいしかった。

このマテーラは一時はスラム街になっていたが、歴史的価値に気づいて住民を団地に移住させ、その後を歴史地区として再開発したそうだ。今は芸術の街として有名で新進芸術家が次々と集まって来て活躍している。

ぜひまた来て一週間ぐらい過ごしてみたい。移住したいぐらいだが

本日の行程


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