カダケス

9月1日


カルカソンヌからカダケス

カルッカソンヌのAirbnbで7時に目が覚めて夜明けのオレンジ色に誘われてカメラを持って散歩に出かけた。

7時半ごろに帰って準備をして8時過ぎに朝食を食べた。ホストが自分で用意してくれ、パンを包丁だけできるのに驚いた。

ホストは英語がほとんどだめでスマホの自動翻訳を使って少し会話をしたが、HARUKIを指してあなたの娘はとても美人だと繰り返すので目が点になった。9月になったのに学校はどうしたのとも聞かれ、彼はイギリスの学校に行っていてその学校は9月21日から始まると自動翻訳を使って説明した。
この町はとてもきれいですねというと「私もそう思う」と喜んでいた。

10時ごろホストに日本のお土産を渡し別れを告げて、カルッカソンヌに行き中のコンタル城の見学をする。。

カルカソンヌの名前の由来は8世紀のころカール大帝の攻略を受けてこのコンタル城に立てこもって戦ったカルカス女領主が太った豚を城外に投げ捨て、カール大帝に城攻めをあきらめさせた。その時カルカスが鳴らした鐘を「カルカソンヌ」と呼んだのが始まりだそうだ。

フランスではカルカソンヌはモンサンミッシェルに次ぐ観光地だが、東洋人の観光客はほとんど見かけない。

観光情報お勧め一位だったレストランを探すが、ようやく見つけたら城の目の前だった。評判通りだった。

その後ヴュー橋に行って城を眺めた。

車に乗り一路スペインを目指した。

スペイン国境 10:04あたり

途中で妻が運転を変わろうかというのでサービスエリアに入れてトイレ休憩をとったころから体調を崩してしまったので私が最後まで運転をした。

カダケス

カダケスに着いた頃妻は体調が最悪で私も山道で疲れたからすぐ近くのポートリリガットホテルに泊まることにした。

ダリの家は予約が必要とは知っていたが今日明日のチケットは売り切れと聞いてがっかりした。キャンセル待ちなら受け付けているというのでネットで申し込むことにした。
とりあえず妻をベッドに寝かせて車を宿につけ、息子と荷物を部屋に入れたころ妻は少し体調を回復し、夕食に行くことにした。

そのホテルにレストランがあったのでクロークに聞くとそこはいまクローズだという。レストランがあるからこのホテルに決めたのに、「Closedと書いておけよ」と思ったが仕方ないので車を出して町中に入った。

カーナビで見つけた日本料理の店に走らせたが海岸線の道路は曲がりくねっているうえ、人でいっぱいで駐車場もなく、しかも一方通行で引き返すこともできず右往左往した末、やっと一台だけ空いていたところに駐車できた。

その店のあたりに行ってみたがどこにもなかった。もう廃業したんだろうと、海岸のオープンカフェレストランS’Enlinaで初めてのスペイン料理を食べた。
フランス料理と比べると少し素朴な感じが否めないが、イタリア料理ほどパスタとピザだけということもなくバラエティはあった。

車に戻るとすぐ寄ってくる人がいて、ここ空きますかと聞いてきて、出たあとに車を停めていた。

ホテルに戻ってチケットの手配をしようとしたら息子がWi-Fiがつながらないと戻ってきた。何でと聞くとインターネットに接続できないという。クロークにいるおやじも謝るだけでどうしようもないという。
二人は寝てしまったが、私はそうはいかない、ダリの家はダメとしてもダリ美術館までだめならなんでこの街に来たかわからない。
クロークに行き何としてもつないでくれというと、わからないというばかりで、やむを得ずWi-Fiルーターを見せてくれというとどこにあるかわからない。
何とか見つけて操作していいかと聞くとわからないのでやめてほしいと止めるのを無視して電源のONOFFをすると無事立ち上がった。「動いたサンキュー」と言うとおやじも喜んで握手をした。

それで博物館は何とか明日の12時の番をとることができた。ダリの家のキャンセル待ちはどうもわからないままだった。
早く着いて簡単に食事して寝ようと思っていたが11時になってしまった。

1日の足跡

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