パリ到着(ベルサイユ)

9月15日


モンサンミッシェル > ベルサイユ宮殿 > パリ

8時ごろ起きてホテルの朝食が別料金だったので朝食代を払った。種類は特に多くも少なくもなくごく普通の朝食であった。

ホテルをチェックアウトし、荷物を車のトランクに入れる。道になぜか牛が何頭もディスプレイされている。


うすら雨が降っているのでシャトルバス(電車みたいに前後に運転席がある)に乗りモンサンミッシェルに入り、坂を上った先の修道院に入る。

壁や天井の装飾は何もなく伽藍洞だった。

フランス革命の時、宮殿や教会に人々がなだれ込んでみんな剥がして持って行ったそうだ。それでフランスの城はどこも見事なぐらい殺風景なのだと知った。マドリッドでフランス人は無信教だと言った男の言葉を思い出す。
それにしても子孫が困るという事までは考えなかったんでしょうね。

見終えてからまたバスに乗ってホテルまで戻り、土産物屋を覗いてからベルサイユ宮殿に向かう。
途中サービスエリアで簡単な昼食を取る。

ベルサイユ

途中で事故渋滞にあって遅れたがベルサイユ宮殿には4時半ごろつき目の前の駐車場に停めた。宮殿は30年前に来た時はそれほど素晴らしいとは思わなかったが、これまで哀しいほど殺風景な城を見てきたので金色に輝く装飾など見応えがあった。
閉館の6時まで見て歩き廻り、係員から出てと言われ出た。

車を駐車場から出そうとして精算機がどこにも見当たらない。ゲートで試しにクレジットカードを入れてみてもあかない。インターフォンで聞いたが要領をえない。息子に聞いてもらって目立たない建物にあることが分かり、妻が支払いに行って出ることができた。でっかい看板でも立てとくれ。

パリ

再び高速に乗り車の最後の街パリを目指す。

ところがまたもやパリ市内の高速道路で渋滞にはまり、ついたら8時になっている。ようやくAirbnbの建物を見つけて呼び鈴を押しても何の応答もない。ホストにメールや電話をするがフランス語でさっぱり要領を得ない。
困り果てているとホストから携帯にSMSが来て、叔母が鍵を持っているから電話してくれとあった。ところが相手の英語が訛っていて皆目わからない。息子に頼んで聞いてもらい、8時まで待っていたが仕事があったので帰ったと聞き取ってくれた。その時点でメールなり電話なりしてほしかったが、文句を言っても始まらない。
住所をSMSで教わりGoogleMapで経路を探し再び迷路のような高速道路を走った。建物の前で車を停めて、妻と息子が鍵を受け取って来て、無事部屋に入ることができた。
部屋はベッドルームが3室、バストイレが2部屋あって余裕たっぷりであった

カレーうどんと、カップヌードル、焼きそばを作って3人で分けて食べた。

携帯などの充電をするためコンセントに刺した瞬間、真っ暗になった。
配電盤を探したがどれも入っている。配電盤の下のメインスイッチらしきものを入れるとすぐ切れる。もしかしたらと全部の分電スイッチを落としたらメインを入れることができた。それから一つずつスイッチを入れてショートしているスイッチを特定しそれ以外を入れると元に戻った。

息子と妻が寝たのは1時過ぎだった。

出発の前にいろいろと教えてくれた浅野さんがパリに来ていて。Facebook経由で今日なら夕方から食事はどうですかとメールがあったのでぜひと返した。

15日の足跡

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