日別アーカイブ: 2016年9月19日

パリ4日(ノートルダム大聖堂)

9月19日
コンシェルジュリー、ノートルダム大聖堂、ポンピドーセンター、バスチーユ広場

昨日買ったトーストパンを焼きインスタントコーヒーを飲んだ。
シテ島のコンシェルジュリーに行くためにGoogleMapで経路検索をしたらRERなら乗り換えなしで行けるとわかりLa Plaine Stande de France駅に行き手持ちの回数券を入れたが受け付けてくれない。改札を替えみてもだめで思案していたらZone1で買った切符は使えないという貼り紙を見つけた。よく読んでみるとその駅はZone2にあって別に切符を買えとあった。RERの切符を買って乗ると途中3駅ぐらいしか止まらずシートは柔らかくすこぶる快適だった。

コンシェルジュリーに入ると城跡ではあるが内部はモンサンミッシェルと同じように殺風景な内部である。
革命当時監獄として使われていてアントアネットの独房も再現されている。豪華絢爛な生活をしていた御妃さんがこんなみじめな牢獄でと少し哀れに感じた。

近くのノートルダム大聖堂に行き行列に並んだ。イタリアのときのように熱くはなかったので楽だった。


聖堂の中に入り息子に昨日見たロマネスクの教会との違いを説明して感想を聞くと、豪華さがまるで違うと答えた。

昼にすることにして息子は相変わらず和食を探していたが、中国人の経営するSUSHIはあっても純和式のレストランは見つからず、結局中華レストラン恒興に入りチャーハンなどを食べた。中華であれば日本で食べる中華料理と変わらない。

現代美術のポンピドーセンターに入って、エスカレータで5階に行くと特別イベントをやってたが、通常のチケットでは入れなかった。4階には数えきれないほどの作品が展示されていて、とても全部は見きれず2,3階は見ずにショップだけ見て外に出た。全部見るにはまる一日かけても足りなそうだ。

次にピカソ美術館に向かった。急いで歩いていたので息子も妻も音を上げて途中でお茶にするためカフェに入った。ところがピカソ美術館につくと月曜日で休館だった。まただ

バスティーユ広場につくと息子がトイレに行きたいと言いだしお茶も飲んじゃったし夕食には早いしと迷っていたら公衆便所を見つけた。みると機械式で無料だった。ただ使用中で一人待っていたが息子が待つというのでしばらく待つことにした。人が出たので次の人が入るかと思っていると、入ろうとせず、いったん閉まり内部清掃を待つのだと説明された。扉が閉まりひときわ高く水の音がした後ランプが緑になりボタンを押して入っていった。息子が入るとき見ると中は水浸しになっていた。

バスチーユ広場の説明はとても簡単で時間が余ったので昨日行けなかったモンパルナスに行くことにした。

地下鉄を乗り継いでモンパルナスに着いて墓地を見にいったが時間で閉鎖していて入れなかった。

道に迷いながら中心街のほうに行ってみたけれど特にみるものはなかった。
夕食の時間になったのでまたも息子が和食の店を探してガーミンを持ってさまよい始めた。食うことしか興味ないのだというとあたりまえでしょと答えた。

SUSHIはあっても純和式料理の店はなかなか見つからず、サクララーメンを見つけラーメンとカレーを食べることにした。いわゆる田舎の駅前定食程度の日本食ではあったがそういう類の日本食に飢えていたのでとてもおいしく感じた。

スーパーを見つけてヨーグルトやバターとバナナを買った。

iPadがなくなったのでネットが使えず、TrdenshansuportMapで帰路を検索し13番線に乗るためGaite駅に行くと電子表示が何か知らせていた。何せフランス語なので戸惑っていると通りがかりの人がどうしたと英語で聞いてきた。息子と話をして13番線が事故か故障でかなり遅延しているということが分かった。ホント助かる

 

13番線を迂回する地下鉄に乗り妻と息子が先に席についた。私もあとに続こうとしたら、若いきれいな女性が二人私の前をさえぎるように立つ。私が左右にかわそうとすると二人も動き通れない。何か叫んでいる二人の間を強引に振り切って妻子の所に行った。あいつらすりだろうと妻に言うとそんなことないと思うというので絶対すりだと言い切った。電車を降りて彼女らを見ると笑いながら手を振っていた。ナンダッタンダ
12番線に乗り換えて終点まで行き、部屋に戻った。

ネットで明後日のロンドン行きのユーロスターを買おうとしたが23日の分しか予約ができず22日はグレーで買えなかった。万一電車で行けない場合のため飛行機を調べたがそれは問題なかった。

足跡

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