カテゴリー別アーカイブ: ヨーロッパ旅行

パリ5日(モンマルトル広場)

9月20日
マドレーヌ寺院、シャンゼリゼ、モンマルトル

7時半ごろ息子を起こしたが9時近くまで起きようとしなかった。食事やシャワーなどで手間どり部屋を出る時には10時になっていた。

iPadを取り戻す方法を考えた。犯人の居場所はほぼ特定できたので乗り込むことも考えたがあまりに危険だということで警察に一緒に行ってもらうことにした。

まずはマドレーヌ寺院に行くことにして地下鉄で駅を出ると目の前であった。入ろうとしたがどうしても入り口が分からず、目立たない小さなドアから入ってもエレベータしかない。そこで躊躇していると後ろから老女が入ってきてエレベーターに乗り、手招きしたので一緒に2階(ファーストフロア)で降りたら正面入り口だった。

そこは豪華と言うよりうまく調和がとれた美しい空間になっていた。しばらく眺めてから外に出て改めて正面階段から写真を撮った。

警察署に行こうとマップを見ながら歩いていたが、そこにはそれらしいものがなくて、近くにいた警官に聞くとシャンゼリゼ通りだという。それで途次のエリゼ宮を先に見ることにした。

エリゼ宮はフランスの宮殿としては割と地味で観光客もほとんどいないし大統領府としても目立たなかった。
警備していた警官に次々と警察署を聞きながらシャンゼリゼ通りまで行きパリ警察署にたどり着いた。
どうみても交番にしか見えない小屋に警官が立っていたので、警察署はここかと聞くと何の用だと聞かれ、盗難届を出したいというと鞄の中を確認して後ろの大きな建物を指差した。
受付で盗難届と言うと書類を出して書き込めという。いくつか質問しながら書き終え、待っている間に外に出てみたらパリWi-Fiが捉まったので、iPhoneを探せでiPadの現在地を表示させた。だいぶ待っていると女性警官が中に入れと言ってきた。
3人で入ろうとしたら「ここは狭いからほかの人は出てほしい」と言われたので妻は入らず息子と一緒に入った。「彼は何でいるのか」と聞かれて私より息子のほうが英語が得意なんでというと、「私も英語は得意じゃないからいらない」と叫んだ。(はぁ?)
書類を見ながらパソコンにデーターを入れ込み始めた。私がiPhoneを探せでiPadの所在はわかっているので一緒に行ってもらえないかとiPhoneを見せようとしたら、丸に棒を引いててんてんで囲い300mと書き、無理だという。それでも私が見てくれと言ってもひどい英語でわかるかわかるかと言いながら何か主張している。息子が意味が分からないというとひどく興奮してきたので、もういいやとあきらめた。
手続きが終わると部屋から出てプリントアウトした紙にサインしろと言うので4カ所全部違うサインをしたが黙って控えをよこして終わりだと冷たく言った。

シャンゼリゼ通り

1時ごろになっていたので3人で一昨日行った和食レストランジャパネに行くことにした。
Googlemapで行き、すき焼き定食と焼肉定食と刺身定食を頼んだ。どれも日本で食べる普通の定食だったが息子は感激していた。

地下鉄でユーロスターのチケットを買うためGare de Nord(パリ北駅)に行き窓口を探したが、分かりにくくて右往左往した。2階に専用窓口がありそこでパスポートを見せたら、日本はシェンゲン協定に入っていないと言いだした。イギリス入国に問題はないだろうと言うと、聞きに行って問題ないと言った。
11時ごろと言うと11時15分は450ユーロで、9時15分なら190ユーロだと言われたがとてもその時間には来れそうもないので11時15分にした。時間で料金が違うんだ。

チケットを手に入れて、モンマルトルに向かった。坂を上り始めると二人とも音を上げていたが、途中でお茶を飲むのはもったいないので無理やり登った。
そこで見かけた店で0.5ユーロで売っている衣類があり、商品の山が崩れて流れる水で濡れた地面に散らばっている。それを手に取っている客を見て唖然とした。

サクレ・クール寺院は坂の頂点に立っていてとても美しかった。

3人ともつかれていたので近くのカフェでお茶とアイスクリームなどを食べて一休みした。

そこから急な階段を上り始めたがかなり長く息子が私の尻を押してくれ登り切った。サクレ・クール寺院に入り写真を撮ろうとしたら息子が制止した。見ると撮影禁止のマークが出ていた。しかしほかの人がスマホやカメラでカシャカシャとっているのに係りの人は止めもせずに雑談しているのを見て大丈夫だよと言った。

そこの売店でこの旅で初めてクロス(十字架)を5ユーロで買った。

外に出るとドームへの入り口があったので入ってみようとしたが一人6ユーロを見て妻がやめてしまった。

外に出ると寺院の裏に回りモンマルトルの丘に向かった。そこには売店や画廊が数多く並んでいて、その中で変わった絵葉書やランチョンマットなどを買い、コモード(小箪笥)の物入れを見かけてそれも買った。

ほかの店で息子が時計を見て一つ6ユーロ2つで10ユーロだったので二つ買っていた。

さらに行くと絵描きがいっぱいならんで絵を描いているのを見た。30年前にはその広場中に画家が散らばっていたが、中央がオープンカフェのテーブルになっていてそれを取り囲むように細々とキャンパスを立てていた。それらの絵を一通り見て回って妻は一人の画家から4枚の絵を買っていた。何人かの画家から片言の日本語で話しかけられた。

ほかの絵も買いたかったがこれはと言うのがなくて買いそびれた。夕食の時間になったのでレストランに入り食事をした。そのウエイターは日本語がかなりできたが、こちらから話しかけるとわからないようであった。

食事は結構いける味だったが、何せ量が多くて互いに分け合って食べた。ヨーロッパの人は同じものをひたすら食べるのを見て日本人にはできないと思う。

食事を終えてまた画家を見て回っていたら、妻が買った画家が釣りを間違えたといって2ユーロほしいといってきた。妻も覚えがあるらしくおとなしく払っていた。

帰りしなにも店を見て回ったが最初に買った店でお土産として布巾を四つ買った。

暗くなったので帰ろうとしたが息子がトイレに行きたいというので,8ユーロ払って有料トイレに入った。(高)

坂を降りようとしたら門扉が閉まっていた。なら階段で降りようとしたが、ケーブルカーFuniculaire – Gare Basseがあった。有料だけど地下鉄と同じ会社だからきっとその切符でそのまま地下鉄に乗れるだろうと回数券を買った。

降りてからさらに歩いて地下鉄のAnvers駅に行きその切符を使おうとしたらはねられた。どうもケーブルカーだけ別料金だったようだ。

そこから乗り換えて部屋に戻った。
今日の足跡

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パリ4日(ノートルダム大聖堂)

9月19日
コンシェルジュリー、ノートルダム大聖堂、ポンピドーセンター、バスチーユ広場

昨日買ったトーストパンを焼きインスタントコーヒーを飲んだ。
シテ島のコンシェルジュリーに行くためにGoogleMapで経路検索をしたらRERなら乗り換えなしで行けるとわかりLa Plaine Stande de France駅に行き手持ちの回数券を入れたが受け付けてくれない。改札を替えみてもだめで思案していたらZone1で買った切符は使えないという貼り紙を見つけた。よく読んでみるとその駅はZone2にあって別に切符を買えとあった。RERの切符を買って乗ると途中3駅ぐらいしか止まらずシートは柔らかくすこぶる快適だった。

コンシェルジュリーに入ると城跡ではあるが内部はモンサンミッシェルと同じように殺風景な内部である。
革命当時監獄として使われていてアントアネットの独房も再現されている。豪華絢爛な生活をしていた御妃さんがこんなみじめな牢獄でと少し哀れに感じた。

近くのノートルダム大聖堂に行き行列に並んだ。イタリアのときのように熱くはなかったので楽だった。


聖堂の中に入り息子に昨日見たロマネスクの教会との違いを説明して感想を聞くと、豪華さがまるで違うと答えた。

昼にすることにして息子は相変わらず和食を探していたが、中国人の経営するSUSHIはあっても純和式のレストランは見つからず、結局中華レストラン恒興に入りチャーハンなどを食べた。中華であれば日本で食べる中華料理と変わらない。

現代美術のポンピドーセンターに入って、エスカレータで5階に行くと特別イベントをやってたが、通常のチケットでは入れなかった。4階には数えきれないほどの作品が展示されていて、とても全部は見きれず2,3階は見ずにショップだけ見て外に出た。全部見るにはまる一日かけても足りなそうだ。

次にピカソ美術館に向かった。急いで歩いていたので息子も妻も音を上げて途中でお茶にするためカフェに入った。ところがピカソ美術館につくと月曜日で休館だった。まただ

バスティーユ広場につくと息子がトイレに行きたいと言いだしお茶も飲んじゃったし夕食には早いしと迷っていたら公衆便所を見つけた。みると機械式で無料だった。ただ使用中で一人待っていたが息子が待つというのでしばらく待つことにした。人が出たので次の人が入るかと思っていると、入ろうとせず、いったん閉まり内部清掃を待つのだと説明された。扉が閉まりひときわ高く水の音がした後ランプが緑になりボタンを押して入っていった。息子が入るとき見ると中は水浸しになっていた。

バスチーユ広場の説明はとても簡単で時間が余ったので昨日行けなかったモンパルナスに行くことにした。

地下鉄を乗り継いでモンパルナスに着いて墓地を見にいったが時間で閉鎖していて入れなかった。

道に迷いながら中心街のほうに行ってみたけれど特にみるものはなかった。
夕食の時間になったのでまたも息子が和食の店を探してガーミンを持ってさまよい始めた。食うことしか興味ないのだというとあたりまえでしょと答えた。

SUSHIはあっても純和式料理の店はなかなか見つからず、サクララーメンを見つけラーメンとカレーを食べることにした。いわゆる田舎の駅前定食程度の日本食ではあったがそういう類の日本食に飢えていたのでとてもおいしく感じた。

スーパーを見つけてヨーグルトやバターとバナナを買った。

iPadがなくなったのでネットが使えず、TrdenshansuportMapで帰路を検索し13番線に乗るためGaite駅に行くと電子表示が何か知らせていた。何せフランス語なので戸惑っていると通りがかりの人がどうしたと英語で聞いてきた。息子と話をして13番線が事故か故障でかなり遅延しているということが分かった。ホント助かる

 

13番線を迂回する地下鉄に乗り妻と息子が先に席についた。私もあとに続こうとしたら、若いきれいな女性が二人私の前をさえぎるように立つ。私が左右にかわそうとすると二人も動き通れない。何か叫んでいる二人の間を強引に振り切って妻子の所に行った。あいつらすりだろうと妻に言うとそんなことないと思うというので絶対すりだと言い切った。電車を降りて彼女らを見ると笑いながら手を振っていた。ナンダッタンダ
12番線に乗り換えて終点まで行き、部屋に戻った。

ネットで明後日のロンドン行きのユーロスターを買おうとしたが23日の分しか予約ができず22日はグレーで買えなかった。万一電車で行けない場合のため飛行機を調べたがそれは問題なかった。

足跡

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パリ3日(エッフェル塔)

9月18日
エッフェル塔、アンヴァリッド廃兵院、サンジェルマンデプレ、カルチェラタン

7時ごろ起きて昨日買ったパンとコーヒーで朝食して9時ごろ出かけた。

最初にエッフェル塔に向かったが、GoogleMapの経路案内の乗り換え駅Gare de Nordで迷った。

RER(長距離列車)のCラインが見つからない。よく見るとGare de S_aint-Michel-Notre駅まで歩くとなっていたがかなり距離がある。さらに路線図を見るとその間はBが走っている。地下鉄の切符でRERに乗れるかどうかで妻と意見が分かれた。切符を確かめるとRERにも乗れるとなっていたのでBに乗り、Cに乗り換えてChamp de Mars駅で降りてエッフェル塔まで行くことができた。なんでこんなにややこしいんだ。

エッフェル塔もセキュリティチェックがうるさかった。息子が階段で上がりたいと騒いでいたが無視してエレベータの列に並び、息子が階段じゃないと気がついたときにはチケット売り場は目の前だった。

窓口でTOPまで行きたいというと天気が悪くて今は閉まっているといわれ、2階までしか売ってくれなかった。


エレベータで2階の展望台まで行き歩いていると、TOPに行くエレベータに列ができていた。とりあえず並んではみたがチケット売り場がやはり閉まっていて、このままエレベータの前までいってダメを出されたら時間の無駄なので途中であきらめた。

眺望をゆっくり眺めてから下りのエレベータで地上に降り、エッフェル塔を背景に写真を撮ろうと三脚を立てたが仰角がきつくてうまく撮れず行ったり来たりしていると、物売りのおっさんがカメラのフレームを覗き込んでOKのサインを出してくれた。

アンヴァリッド廃兵院に向う途中1時になっていたのでレストランを探した。息子は和食を食べたいと主張したががSUSHIはどれも中国系で美味しそうとは思えず、韓国料理の店を見つけた。メニューが日本語でも書いてあったので入ることにした。料理は普通の韓国料理だが、おいしいと感じた。

食事の後息子がトイレに行って一向に出てこないので妻に催促に行かせたら、iPadで何か読んでいた。”回り切れないだろ”

急いで廃兵院に行きナポレオンの棺を見せながらナポレオンの時代の栄光と没落の話をした。

次にサンジェルマンデプレに向かい、デプレ教会のロマネスク形式とゴシック形式の違いを説明した。

さらにカルチェラタンに行く途中少しお茶休憩をした。カルチェラタンと私の話をしてからクリューネ中世美術館に入ろうとしたら6時で閉館の5時45分間に合わなかった。

 

仕方ないのでパリソルボンヌ大学の前で写真を撮って、最後にリュクサンブール公園を見た。公園の中の池にヨットの模型がいくつも浮かんでいた。
帰ろうとしたら急に雨が降ってきたがすぐやんでいた。

今日はモンパルナスとクリューネ中世美術館が回れなかった。

RERのLuxembourg駅で乗りNordで4番に乗り換えようとしたら全く動こうとしないのでLa Chapelleまで行って2番でPegalleで12番に乗ってFront Populaireに帰った。

8時半ごろ部屋に戻って妻が昨日店で持ち帰ったうどんを作って3人で食べた。

旅の日程

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パリ2日(オルセー美術館)

9月17日
オルセー美術館、凱旋門

7時半ごろ起きて、PoketWifiのSIMを差し替えて使えるかテストをしたが、どれを入れてもうまく動かずあきらめた。iPadがなくなって妻のスマホもネットにアクセスできず歩きながら地図が見れないがもう残り少ないのでWi-Fiのある店を探しながら行くことにする。

10時過ぎに小降りの雨の中地下鉄の駅に向かったが道を間違えて右往左往し、ようやく電車の駅を見つけた。昨日買った回数券でSolferino駅についた。


そこからオルセー美術館に向かったが途中で昼になったのでSUSHIと書いてあるがこれは絶対中国人という男性が一人でやっている安い食堂に入った。案の定量は多いが…中華のほうがましであった。

30年前来たときは、美術館はできたばかりでとても秀麗で日本語の案内まであったが今回はなくなっていた。この時代は多少は調べてきたのでボイスガイドは借りずに、息子に説明しながら歩いた。


ゴッホやゴーギャン、ミレーの絵画を中心に見て回った。特にミレーの晩餐と落穂ひろいの歴史的意味を説明する。

オルセー美術館を出て凱旋門に向かってシャンゼリゼ通りを歩いていき途中の店を覗いたり雰囲気を楽しんだ。休みたいというがパリまで来てマクドナルドは入りたくないといってカフェに入ってお茶にした。

30年前に来たときは展望台に上がらなかったので、今回は是非上りたいと、凱旋門へつながる地下道に入ろうとすると兵士に制止された。凱旋門の周りに人がいるじゃないかと文句を言ったが、問題が起きて閉鎖している誰も入れないと銃を突き付けられたので兵士相手に戦えないし、あきらめた。
今回の旅行ではどうも当初の予定通りではないことが起きているような気がする。

妻が寒いとコートの類を探してシャンゼリゼのファッションショップを軒並み覗いて歩いた。気にいると大きすぎ長すぎで何も買えないままシャンゼリゼ通りの端まで来たら6時過ぎていた。
途中フリーWifiと書いてある店があったが、そこでもネットにつながらなかった。

せっかくフランスのシャンゼリゼ通りだし、本場フランス料理を食べさせてくれるレストランを探したが、二人とも気がすすまないようで、息子が私のスマホを使って和食レストランを探し近くにジパングと言う店を見つけだした。まだ開いてなかったので7時になるのを外で待っていた。私はその間に一人でスーパーに行きパンとバナナとブドウを買って戻った。二人はしゃぶしゃぶを頼んでいた。息子にすればあと3か月しないと日本に帰れないのだから、どうしても食べたかったらしい。ま、仕方ないか


この店は日本人の経営のようで日本語が完璧に通じて本格的な和食を出してくれる。ミラノで次はパリで食べられると言った通りになった。うどんが食べきれなかったので持ち帰りにしてもらった。

17日の足跡

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パリ1日(ルーブル美術館)

9月16日


パリ、ルーブル美術館

朝になって妻が洗濯機が動かないと言い出した。たぶん昨日のブレーカーのせいだろうとコンセントを調べショートしている線を離してブレーカを戻すと動いた。
妻が洗濯を始めて、その間に車の中からごみと自分のものを整理しきれいにして、10時ごろ出かけた。
11時ごろプジョーオープンヨーロッパのリターン口につき車の返却手続きをした。係りの人からきれいに使ってもらいありがとうと言われた。走行距離は合計で7000キロを超えていた。

地下鉄の駅に行く前にレストランを見たので入ってみたがえらく高いのでやめてそのままシテまで地下鉄で行った。
シテについたのが12時ごろでオープンカェで簡単な食事をした。

ルーブル美術館に向かって歩いていると浅野さんから一緒に食事をしませんかと電話がかかってきた。今日の6時半にシャンゼリゼ通りのレストランLeon de Buxelleesで会うことにした。

美術館に入り、オーディオガイドを借りた。ルーブルを見るのに一日かけようと思っていたが、遅くなったので定番のミロのビーナス、モナリザ、「サモトラケのニケ」等、見逃せないものだけに絞った。兎に角見たかったのはサモトラケのニケで、その躍動感に改めて感激した。「ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠」を見たときはその大きさに度肝を抜かれた。美術雑誌で見るのと本物を見るのは全く違うと思わされる。

ほかにオリエント文化を見て5時ごろ外に出た。雨が降りだしていていつも水や自撮り棒を売っている人が傘を売っていた。

シャンゼリゼ通りをオーシャンゼリゼを歌いながら店に行き浅野さんと会った。
みんなでムール貝の食事をして旅の話で盛り上がった。ムール貝はさほど好きではなかったが、食べてみるとまろやかな上品な味が予想外で平らげてしまった。

さて帰ろうとしたら私の黒い鞄がないことに気づいた。どうさがしてもないのでiPadの紛失検索を起動したが反応はなかった。

仕方なく地下鉄の駅まで浅野さんと一緒に行きそこで別れて部屋に戻ることにした。

地下鉄の駅を降りて家に向かうにもiPadがないので地図が開かない。仕方ないのでガーミンを使って帰った。

家に帰りパソコンで「アイフォンを探せ」でiPadを調べると某所で発見したと知らない場所の地図が出たのでこれは間違えなく盗まれたと分かった。

鞄の中身は自撮り棒と拡張電池、ビデオカメラぐらいだと思う。

16日の足跡

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